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旧観坊
江戸時代に58あったとされる院坊のうち、現存する唯一の建物です。農家風の建物ですが、所々に院坊としての風格が残っています。江戸時代後期の建築物で、県指定文化財となっています。「絵様舟肘木(えようぶなひじき)」や「化粧?木(けしょうたるき)」にかつての…
旧観坊
  • 能登
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禁酒の碑
老朽化した小学校の改築費45,000円を捻出するため、1926(大正15)年、河合谷村長・森山忠省氏の提唱で村を挙げての禁酒が同年4月1日から実施されました。このことが、当時の新聞で報道されると、多くの激励と賛辞が寄せられ、予定通り新校舎が同年7月に完成したのち…
禁酒の碑
  • 金沢
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道の駅 倶利伽羅源平の郷 竹橋口
北陸道「倶利伽羅峠」は、古代から官道・五畿七道の1つに数えられ、都に通ずる道として重要な役割を担ってきました。また、江戸時代には加賀藩の参勤交代の道として整備され、今でも往時の文化財や風情などがそのまま残されています。倶利伽羅源平の郷・竹橋口は、古…
道の駅 倶利伽羅源平の郷 竹橋口
  • 金沢
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尾張町町民文化館
明治40年(1907年)に建てられた銀行を活用。外観は黒しっくい仕上げの土蔵造りの和風だが、内部は白しっくい仕上げで銀行らしい洋風の空間となっています。当時の面影を残す旧窓口や旧頭取室も見どころです。石川県有形文化財に指定されています。
尾張町町民文化館
  • 金沢
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寺町通り
寺町は加賀藩3代藩主前田利常の城下町づくりによって、犀川南岸の高台に70を超える寺院が集められた町です。寺院が並ぶ寺町通りの築地塀の連なりや、苔むした石垣は、今もなお藩政時代の香りを漂わせています。寺町台は2012(平成24)年、国の重要伝統的建造物群保存…
寺町通り
  • 金沢
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かなざわ 美かざり あさの
金沢らしいベンガラ色の空間で伝統工芸体験
「ひがし茶屋街」に位置し、格子をモチーフにした店内が特徴の「かなざわ美かざりあさの」。2階にある「箔一体験処」では、金箔貼り体験を行なっています。予約をしたほうが確実ですが、空きがあれば予約無しでも受け付けてもらえるので、ちょっとした空き時間に立ち…
かなざわ 美かざり あさの
  • 金沢
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小松市立本陣記念美術館
日本美術に会える美術館
本陣甚一コレクションであった日本画・陶磁器を主に、漆芸、金工、油彩画の1000点以上を所蔵する、黒川紀章設計の美術館
小松市立本陣記念美術館
  • 加賀
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九谷焼窯元・陶匠大雅
オリジナルの手描きの器を多数展示販売
九谷の五彩を使い、キレイで使い心地の良いオリジナルの手描きの器を多数展示。店内では吉田屋風の伝統的な九谷の絵柄の器の他、アクセサリーなどの小物や有名作家から若手作家の感性豊かな作品等、多数ご覧いただけます。絵付け体験も随時受付。
  • 加賀
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陶製金剛童子立像
重要文化財
日本三薬師の一つです。山中温泉の守護寺、国分山医王寺(薬師寺)に安置されている重要文化財です。寺伝によれば、初期九谷焼といわれ、明治天皇の天覧に供しました。
陶製金剛童子立像
  • 加賀
detail_5890.html
和倉温泉青林寺 坐禅・写経体験 ※令和6年(2024年)能登半島地震の影響により当面の間対応不可
体験&御便殿拝観セットでできるのは日本でここだけ!
2017年国登録有形文化財となった御便殿。御便殿とは天皇や皇族のための休憩所のことで、現存するのは全国で和倉を含めて2か所のみとなります。この由緒ある寺院を舞台に坐禅か写経をお選びいただき体験できるプログラムです。ゆったりと流れる時間を感じながら自分自…
和倉温泉青林寺 坐禅・写経体験 ※令和6年(2024年)能登半島地震の影響により当面の間対応不可
  • 能登
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卯辰山天満宮
卯辰山天満宮は、卯辰山の中腹にあります。豊国神社、愛宕神社と並ぶ卯辰山三社の一つです。1866(慶応3)年、加賀藩14代藩主・前田慶寧が庶民の福利を図るため、卯辰山開拓時に、守護神として兼六園にあった竹沢御殿の天満宮を、この地に移しました。
卯辰山天満宮
  • 金沢
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大乗寺
大乗寺の仏殿は、山門の奥に建ち、法堂・庫裏・僧堂と回廊で繋がっており、棟札によって、元禄15年の上棟であることが知られています。低い基壇の上に建ち、入母屋造り、平入り、本瓦葺きです。床は漆喰叩きの土間とし、角柱を用いるなどかなり簡略化していますが、禅…
大乗寺
  • 金沢
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泉鏡花句碑(卯辰山公園内)
卯辰山への登り口の脇にひっそりと建っており、幼いころに母を失った鏡花の心情が伝わる「はゝこひし夕山桜峰の松」の句が刻まれています。
泉鏡花句碑(卯辰山公園内)
  • 金沢
detail_4669.html
小濱神社
現在の本殿は天保3年(1832年)金沢市五郎島町に、加賀藩によって造営された。その後、明治22年(1889年)に内灘町字大根布の地に移築され現在に至る。本殿(12坪)は、正面柱間三間、側面二間、入母屋造りで、千鳥破風、軒唐破風で柱間三間の向拝付の銅…
小濱神社
  • 金沢
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春日神社
春日神社は、市役所そばの春日山麓にある、天児屋根命(あめのこやねのみこと)と六神が祭られている古社です。境内には、樹齢700年を越えると伝わる老杉が生い茂り、拝殿に進む石段の右手には、大伴家持が能登巡国の折、歌ったとされる万葉歌碑があります。平安時代…
春日神社
  • 能登
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松山寺
【曹洞宗】慶長四年(1599)、横山山城守長知が創建し、丹波国氷上郡の円通寺住職・融山泉祝を招いて開山としました。長知の父・長隆は、加賀藩初代藩主・前田利家の府中(現武生市)時代の家臣。松山は、長隆の戒名です。
松山寺
  • 金沢
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平時忠歌碑
能登へ配流となった平時忠が、荒涼とした中で、一族の行く末を思って歌った和歌が刻まれています。1189(文治5)年2月24日、時忠は都へ「還る」こともなく、淋しく配所の大谷で没しました。能登で生まれた時忠の子、時康は則貞家となり、同じく時国は時国家の始祖とな…
平時忠歌碑
  • 能登
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能美古墳群
能美古墳群は、能美市の平野部にある5つの独立丘陵上に造られた古墳群の総称です。各丘陵名をとって寺井山古墳群、和田山古墳群、末寺山古墳群、秋常山古墳群、西山古墳群とそれぞれ呼ばれ、これまでに62基の古墳が発見されています。古墳時代の3世紀から6世紀にかけ…
能美古墳群
  • 加賀
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東嶺寺
昔は「花渓寺」と称していました。長家23代当主長連頼が、父・連龍の菩提(ぼだい)を弔うために、堂宇(どうう)を改築しました。そして1652(慶安4)年、連龍の法号「東嶺寺庵主」をとって東嶺寺と改称しました。藩政期は長家の菩提寺として保護され、境内左側の丘…
東嶺寺
  • 能登
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中居たたら唄
中居は鋳物によって栄えましたが、その労働歌としての「たたら唄」を今に伝えています。かつて鉄を溶かすたたら(吹子)を6人ないし8人で踏みながら、音頭に合わせて威勢よい掛声で力強く歌ったといいます。調べは素朴ですが、郷土芸能として特色あるものです(町文化…
  • 能登
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「令和6年能登半島地震」の影響による掲載内容の注意点
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