条件指定で探す
- カテゴリーを選択
- エリアを選択
- 現在地からの距離を選択
カテゴリーを選択
エリアを選択
現在地からの距離を選択
- 現在の検索条件
- 歴史・文化
検索結果
538件ありました
- 並び順
- 人気順(週間)
- 近い順
- 更新順
- 表示切替
- タイル
- リスト
- マップ
- 西方寺古窯跡
- 中世に使用されていたとされる「珠洲焼」の窯業遺跡で、ほぼ完全な姿を保っており、珠洲古窯の構造を伝える貴重な遺跡です。2008(平成20)年、珠洲市と能登町にある11カ所の窯跡と共に、「珠洲陶器窯跡」として国指定史跡となりました。
-
- 能登
- 野々市市郷土資料館NoNo
- 江戸時代末期に建てられた町屋風農家。前面は町家、内部は農家の造りで、同様な形式の建物が金沢近郊の北国街道沿いに点在しています。当時の生活道具などが展示されており、散策の合間にひと息つける「かふぇコーナー」も併設しています。
-
- 金沢
- 藤津比古神社
- 古くは熊野権現とも称し、特に本殿は「三間社流造り」で、かえる股、組物、幣軸など鎌倉時代の建築様式が用いられています。1214(正和3)年建造の棟札が同神社に保管されています。1967(昭和42)年に国の重要文化財の指定を受けました。8月14日夜には納涼祭(キリコ…
-
- 能登
- 遊泉寺銅山跡
- 現在の小松市鵜川町の山中に、徳川時代に発見された「遊泉寺銅山」の跡地があります。1902(明治35)年、この銅山の本格的経営に乗り出したのが、高知県出身で吉田茂元首相の実兄だった竹内明太郎でした。明太郎は、全国各地での鉱山経営の経験を生かし、専用鉄道の敷設…
-
- 加賀
- 遍行寺
- 通称「ぼたん寺」
- 遍行寺の敷地には、あちこちに花壇が整備されており、様々な種類のぼたんが植えられています。ぼたん以外にも、ハナショウブ、オダマキ、シャクナゲなども植えられており、同時期に楽しむことができます。
-
- 能登
- 賀茂神社
- 社伝によれば、横山地内に鎮座する賀茂神社の歴史は、約1500年前にさかのぼると言われています。市内の多くの地域の総鎮守となっており、お正月や七五三などの時節には、多くの参拝客が訪れます。
-
- 金沢
- 国登録有形文化財 古民家みおやの里
- 農家風の雰囲気が今に残る
- 古民家みおやの里では、落ち着いた建物の雰囲気を活かした様々な用途で利活用されています。定期的な教室やイベントなどにも利用できます。近年は女性目線のイベントなどで、町内外問わず紹介でたくさんの方が集まります。
-
- 能登
- 前田土佐守家資料館
- 秋季企画展「古典の香り―加賀藩上級武士の教養と愉楽」
- 加賀藩の上級武士は、政務や武芸にいそしむ傍ら、学芸の世界にも通じていました。本展では、その中でも特に江戸時代「古典」として親しまれた文学や芸能に注目し、加賀藩重臣である前田土佐守家に伝わった資料を紹介します。平和な時代が訪れ、また出版文化が隆盛した…
-
- 金沢
- 無限庵
- 加賀藩家老であった横山家が金沢市の邸内に建てた書院を移築したものです。明治末期の木造技術の枠を傾けた最高級の普請であったと伝えられています。成巽閣(重文・金沢)に見られる武家邸宅書院の伝統を継承する近代の書院造として貴重な遺構で、また数々の古美術品…
-
- 加賀
- 九谷磁器窯跡
- 九谷焼が初めて作られた場所
- 石川県を代表する焼き物「九谷焼」が初めて作られた場所です。日本最初期における磁器生産の様相を知りうる遺跡として、1979(昭和54)年に国史跡の指定を受けました。江戸時代前期に九谷第1・2号窯が、江戸時代後期にはこれを再興して吉田屋窯が築かれ、数多くの陶磁…
-
- 加賀
- 懐古館【令和6年能登半島地震の被害により、当面の間休館いたします】
- およそ200年前の肝煎(きもいり=庄屋)の住宅です。七尾城史資料館に隣接し、500坪の庭園が杉木立の深い緑に囲まれ、静寂に包まれています。建物は雪国らしい豪壮な柱と梁が組まれ、茅葺き屋根も美しく、古民家の素朴な美しさが息づいています。現在は市民の茶会や句…
-
- 能登
- 秋常山史跡公園
- 1600年前に造られた北陸最大級(全長約140メートル)の前方後円墳(秋常山1号墳)と、埴輪(はにわ)を持つ方墳(秋常山2号墳)の2基の古墳が保存されています。1号墳では、墳丘を覆っていた葺石(ふきいし)を、2号墳では埴輪が復元されており、その埋葬施設を間近で…
-
- 加賀
- 豊国神社
- 卯辰山三社の一つ。豊国神社は明治の神仏分離令の際、豊臣秀吉を主神とし、卯辰観音から豊国神社と改称しました。
-
- 金沢
- 和倉温泉 七福神福々めぐり
- 温泉街めぐりで福来たる!
- 和倉温泉の七つの名所にそれぞれの場所にちなんだ幸せを呼ぶ七福神の石像と顔の輪郭彫りが設置されています。各旅館にご用意してある用紙に七福神の輪郭を押しつけて、こすってください。七福神が七人揃ったら、和倉温泉旅館協同組合加盟の旅館宿泊で記念品をプレゼン…
-
- 能登
- 旧材木町通り
- 藩政時代には、浅野川大橋から上流へ川沿いに通じる街道の両側に細長く家が並んでいました。尾山八町時代の古い町という説もあります。必ずしも材木商が集まっていたわけではないので、その名称の由来については定かではありません。かつては各種の職人が住んでいまし…
-
- 金沢
- 虚空蔵山城跡
- 室町から戦国期にかけての山城で、白米城、和気山城、舘城とも呼ばれていました。城主は兄の富樫正親と加賀の守護職を争い破れた富樫幸千代です。のちに一向一揆の旗頭である荒川市介、長山九郎兵衛らが居城し、1575(天正3)年、織田信長軍の武将柴田勝家が一向一揆…
-
- 加賀
- 明治天皇御休所公園
- 1878(明治11年)年10月5日、明治天皇北陸御巡幸の際、手取川を渡る前に、木呂場(ころば)の茶屋で御休憩されたところを公園として整備しました。当時、手取川に橋は架かっておらず、船で渡っていました。しかし天皇御巡幸のときは、危険なので船を数珠繋ぎに並べ、…
-
- 加賀
- 長谷部神社(穴水町)
- 戦国武将長氏の祖である鎌倉武士・長谷部信連を祀(まつ)っています。1218(建保6)年の信連の死後、自作と伝えられる肖像を、祈願寺であった穴水大町の来迎寺に安置したことに始まるとされ、後年、信連の後裔にあたる加賀藩老臣の長連頼が同寺境内に信連社堂(御影…
-
- 能登
- 曹洞宗 蓮江寺
- 1592年(文禄元年)の開墓と伝えられる。1599年(慶長4年)加賀初代藩主前田利家の葬儀を掌った象山徐芸が中興し、隠棲した。寺宝には、現存最古の利家画像(1599年(慶長4年)讃)や芳春院の寄進状、加賀3代藩主前田利常の安堵状などがある。毎年2月15日に犬の子まき…
-
- 能登
- 国重要無形民俗文化財「鵜様道中」の宿
- 鵜様を出迎える宿「鵜宿」
- 毎年12月に羽咋市の気多大社で営まれる「気多の鵜祭」国の重要無形民俗文化財に指定されており、平安時代の頃から続いています。神の化身である「鵜様」を七尾市から気多大社に運ぶ鵜様道中。鵜捕部が鵜籠を背負って、中能登町の旧道を通って羽咋市に向かいます。
-
- 能登