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- 鼠多門 鼠多門橋
- 尾山神社と金沢城をつなぐ門・橋が復元!
- 鼠多門は、金沢城の西側の郭(くるわ)である玉泉院丸に位置し、水堀をまたぐ木橋(鼠多門橋)により接続される金谷出丸(現在の尾山神社境内)からの出入り口として機能していた二階建ての櫓門です。城内の他の城門と同じく、屋根は木型を薄い鉛の板で覆う鉛瓦、外壁…
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- 金沢
- 真言宗天王寺(しゃくなげ寺)
- お寺の境内に咲き誇る
- 「能登の石楠花(しゃくなげ)寺」で知られている天王寺。4月下旬から5月中旬にかけて、寺の境内の斜面には約2,200株のシャクナゲが見事に咲き誇ります。これらの多くは個人の寄贈によるもので、一株一株に願いが込められています。
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- 能登
- 実性院
- 通称「萩の寺」として親しまれている加賀曹洞宗の寺院です。大聖寺初代藩主前田利治公の戒名『実性院殿機雲宗用大居士』に因んで実性院と称し、大聖寺藩歴代藩主(初代~14代)のお墓とお位牌は重要文化財級であります。 ※萩の見ごろ時期は例年9月初旬~※2024年…
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- 加賀
- 大王寺(あわづ温泉)
- あわづ温泉の守護寺です。真言密教の寺で、約1300年前の養老2(718)年に泰澄大師(泰澄神融禅師)によって開かれました。霊告に従い粟津の地を訪れた泰澄大師は、村人とともに温泉を掘り当てました。この時、その力に感嘆した住民の請いに応じて、泰澄大師は首に掛け…
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- 加賀
- 大垣山 勧帰寺
- 石山合戦で殉教精神に燃えて織田信長と戦った「能美四講」(能美郡220余の村で結成)に報いるために贈られた、親鸞聖人と顕如上人の影像軸「群中御影」(小松市指定文化財)が保管されている。
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- 加賀
- 来入寺のミズバショウ
- 山里の風情に真っ白なミズバショウが咲き乱れます
- 1558(永禄元)年の創立と伝えられる来入寺にある、約2000株のミズバショウがいっせいに咲き乱れる姿は圧巻です。小川の流れと緑、そして素朴な集落のたたずまいの中で、一層華やかさを増しています。
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- 能登
- 伊須流岐比古神社
- 1653(承応2)年、加賀藩3代藩主前田利常の寄進により、伊須流岐比古神社は建立されました。神興堂(権現堂)と呼ばれていた拝殿は、1701(元禄14)年に造られ、両建物は県指定文化財に指定されています。
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- 能登
- 徳保の千本椿
- 徳保神社の社叢林(しゃそうりん)は、小規模ながら自然林が保存されており、特にヤブツバキの群生地が有名です。樹高12メートル、周囲1.6メートルの大木もあります。2月下旬から4月にかけて、あたり一面に真っ赤な花が咲き乱れることから「徳保の千本椿」と呼ばれて…
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- 能登
- 山王宮 本折日吉神社
- 『開運魔除け』の神様
- 町の中心にある、破風付の朱色の鳥居が印象的な山王宮・本折日吉神社は、昔から「山王さん」「日吉さん」と呼ばれ親しまれています。全国に約二千ある日吉神社・日枝神社・山王神社の総本宮である滋賀県大津市の日吉大社は、猿を神の使いとして崇拝することで知られ、…
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- 加賀
- 観音院
- 【高野山真言宗】本尊の十一面観音は行基作の十一面観音菩薩の末木を芋掘藤五郎が彫ったものと伝えられます。元和2年(1616)三代利常夫人(徳川二代将軍・徳川秀忠の娘)の発願により医王院が造営されました。明治まで庶民の娯楽神事能が催されました。
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- 金沢
- さとりの道
- 穴水町の中居地区は、江戸時代に北前船で栄え、集落に比較的多くの寺社があります。さとりの道は、海岸沿いの丘の上にある、8つの寺院・神社を結んだ散策コースです。起終点は穴水町中居地区です。経路は、能登中居鋳物館、地福院、明王院、一乗院、神杉神社、月光院…
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- 能登
- 足羽山 本覚寺
- 建久元年(1190)越前の和田庄で波多野義重の嫡男・義成、のちの親性が創建。慶長七年(1602)鶴来来同村へ移り、慶長九年(1604)現在地に移転。小松で最も大きい寺で、蓮如上人筆の親鸞聖人遺文二尊大悲、向唐門の山門や長屋門を含む火除土蔵がある。
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- 加賀
- 大乗寺
- 大乗寺の仏殿は、山門の奥に建ち、法堂・庫裏・僧堂と回廊で繋がっており、棟札によって、元禄15年の上棟であることが知られています。低い基壇の上に建ち、入母屋造り、平入り、本瓦葺きです。床は漆喰叩きの土間とし、角柱を用いるなどかなり簡略化していますが、禅…
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- 金沢
- 桃雲寺
- 慶長5年(1600年)、前田利家墓守の菩提寺として建立されました。はじめ野田宝円寺と呼ばれましたが、のち利家の戒名をとり高徳山桃雲寺と称しました。元和2年に焼失し、芳春院(利家夫人まつ)により再建されましたが、明治6年再び焼失し、再建しました。境内に芳春院が…
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- 金沢
- 青林寺ライトアップ&贅沢ティータイム ※令和6年(2024年)能登半島地震の影響の為、イベントを中止
- 人気の観光スポットで当時の天皇気分を味わいませんか 能登島の和紅茶と七尾銘菓のおもてなしも
- 明治42年に大正天皇の休憩所として建てられた青林寺御便殿。期間限定でライトアップされた庭の風景が座卓に映り込み、その景色がまるで水鏡のよう。SNS映えスポットとして注目を集める青林寺で、時間が止まったかのような幻想的な世界を体験してみませんか。希少価値…
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- 能登
- 信行寺書院(和倉温泉) ※令和6年(2024年)能登半島地震の影響により当面の間臨時休業中
- 国登録有形文化財に登録されている信行寺書院
- 御便殿は明治42年(1909年)に東宮殿下(後の大正天皇)が和倉行啓の際の休憩所として建てられました。信行寺にある御便殿は、随行員の控室であった供奉殿の部分であり、今は信行寺書院となっています。もともと御便殿は本殿(御座所)と供奉殿が一体となっていました…
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- 能登
- 岩倉城址遊歩道
- 城は上麦口町の北東の標高296メートルの山頂に築かれていました。岩倉城は、一向宗門徒が、越前の戦国大名朝倉氏の加賀領内への侵入を阻止するために築いたものです。山頂にある岩倉城は、滓上川流域の城塞群の中でも織田軍の特徴を残している唯一の中世山城です。緑…
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- 加賀
- 布市神社
- 加賀の有力武士の富樫氏の守護神を祀っています。推定樹齢500年の大イチョウや、弁慶が投げ飛ばしたと伝わる力石が見ものです。
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- 金沢
- 津幡城趾
- 1183(寿永2)年の源平合戦の時、倶利伽羅峠の一戦を前に、平維盛配下の平家軍が津幡に陣をとり、街道を見下ろすこの地(大西山)に砦を作ったといわれています。1576(天正4)年には、上杉謙信が越中から入って津幡に陣を取り、七尾城を平定する足掛かりとしたと伝えられて…
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- 金沢
- 伏見寺
- 【高野山真言宗】本尊の阿弥陀如来像は平安初期の金銅仏の力作、国の重要文化財。金沢の地名発祥にまつわる芋掘藤五郎ゆかりの寺。金沢観音霊場第14番礼所。また、護摩堂にある木彫の不動明王坐像は、弘仁期(810~24)の作と伝えられています。
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- 金沢