鈴木大拙館の見どころ|各界の偉人をも魅了する名言・禅の世界へ
あのスティーブ・ジョブスがリスペクトするなど、まずは海外でその名が知られ、逆輸入的に日本でも知名度を上げた鈴木大拙。彼の記念館が金沢市本多町にあります。でも、どうやら普通の記念館や博物館、美術館とは様子が異なります。彼は果たしてどんな人物で、どんな記念館が建てられたのでしょうか? 鈴木大拙の名言や禅の思想、そして谷口吉生さんによる建築の側面から見どころを紹介します。
「鈴木大拙」は何をした人?
鈴木大拙(すずきだいせつ、1870-1966)は、石川県金沢市生まれの仏教哲学者かつ思想家です。仏教関連書籍を英訳するなど、世界中に大乗仏教、特に禅の思想を広めました。海外での講演も多く、多くの文化人やビジネスパーソンにも影響を与えてきました。世界では、大拙のDと本名の「貞太郎(ていたろう)」のTをとって、「D. T. Suzuki」として知られています。
基本情報
鈴木大拙館
住所:〒920-0964 石川県金沢市本多町3丁目4番20号
電話番号:076-221-8011
営業時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:毎週月曜日(月曜日が休日の場合はその直後の平日)、年末年始 (12月29日から1月3日)
※展示資料の整理等のため休館する場合あり。
駐車場:なし(障害者用駐車場あり)
谷口吉生による鈴木大拙館の建築
全国の建築ファンからも熱い視線を送られているのが、「谷口建築設計研究所」の谷口吉生さん設計による建築です。直線が美しいコンクリートづくりのモダニズム建築になっており、余計な装飾が極力排除されています。このような建築になった背景には、鈴木大拙という人物をどう伝えるかというコンセプトの可視化がありました。
大拙は思想家なので、作家のように展示する「もの」がありません。そこで、この空間に来るだけで大拙を「体感」してもらおうという意図でデザイン設計されました。説明書きの類も最小限にして、「考える」こと自体が禅、そして大拙のなかでとても重要なこと。その趣旨を感じながら館内を巡ってみたいものです。
水鏡の庭を写真に!
外部回廊や思索空間に面したかたちで、水鏡の庭があります。こちらが最高のフォトスポット。美しい建物が、これまた波のない水鏡のような水面に写ります。建物だけでなく、木々や青い空も角度や画角によっては入れ込んで、上下対照の写真が気持ちがいい。また水面に建物や木々が写るだけではなく、建物の白壁にも水面から光が反射します。撮るたびに異なる「幾何学模様」は、自然が生み出すデザインになっています。
そう思っていると、時折、水面に波が立ちます。定期的に中央辺りから波紋が広がって仕掛けになっていて、つい見とれてしまいます。静謐ななかに計算され尽くした小さなノイズ。まるで現代アートのようです。
鈴木大拙館の料金
一般入館料は310円、65歳以上と障害者手帳をお持ちの方およびその介護人(障害者手帳アプリ「ミライロID」の提示も対象)は210円(祝日無料)です。
高校生以下は無料なので、勉強目的としてもうれしい。
金沢市内の17の文化施設を巡ることができるパスポート「金沢市文化施設共通観覧券」もあります。
1DAYパスポート 520円、3日間パスポート 830円、1年間パスポート 2,090円です。
17の施設の受付窓口で購入可能。ウェブチケットもあるので、移動中などに買ってしまいたい人はこちらもぜひ。
数か所回ればお得なので、これを機にアカデミックなスポットを観光プランに入れてみては? ちょっとだけ金沢通になれますよ。
鈴木大拙館のアクセス
鈴木大拙館は大通りから少し入った閑静なエリアにあります。
おもなアクセスは、城下まち金沢周遊バス・北陸鉄道路線バス「本多町」バス停から徒歩約5分。
まちバス「本多町・歌劇座・鈴木大拙館」バス停から徒歩約5分。
自家用車の駐車場はないので、近隣のコインパーキングに。5分ほど歩けば、いくつもコインパーキングが見つかります。
障害者用駐車場はあります。
2024年3月リニューアル
2024年3月にリニューアルオープンした鈴木大拙館。とはいえ、あらたな施設が加わったり、大幅に意匠が変わったりしたわけではありません。思索空間の床がきれいになり、展示空間で使用されている加賀二俣和紙もあたらしくなり、館内のライトもLEDへと変更されました。
誤解を恐れずにいうと「何も変わってない」。学芸員さんの言葉を借りるならば「もとに戻った」。昔からのファンにとっては変わらないでいてホッとする人も多いでしょう。ただでさえ建築が美しい鈴木大拙館、いまが一番フレッシュな鈴木大拙館を見るチャンスです!
鈴木大拙、名言の世界へ
さまざまな偉人たちと同様に、大拙にもいわゆる「名言」が残っています。ただし、一筋縄ではいきません。「それはそれとして」や「そうか、そういう問題があるのか」など、ちょっとクスっと笑ってしまったり、頭の中に「?」が浮かんだり。その言葉には不思議な魅力が詰まっています。
しかしそれこそが大拙らしい。なんだか気が抜けてしまいそうですが、逆にいえばリラックスできるし、肩の力が抜ける。大拙の言葉や書を読むと、ホッとしている自分がいるのです。
ほかにもたくさん言葉はあります。たとえば「我々は知性に生きるのではなく、意志に生きるのだ」。私が個人的に好きなニーチェの言葉で「事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである」というものがあります。この言葉に似ているようで気になっていました。
最初は意味がわからなくても、鈴木大拙館で時間を過ごして、彼の人間性なども知ってから「名言」を見てみると、ちょっとだけわかったような気がしてくるかも !?
各界の偉人を魅了する大拙の影響力
鈴木大拙館では、建築や名言はもちろん、どんな入り口から鈴木大拙にたどり着いても構わないといいます。最近増えているのが、星野源さんのファンなのだとか。なぜかというと、「光の跡」という曲の歌詞が、鈴木大拙館を訪れたときの体験がインスピレーション源のひとつになっていると公言しているから。
このように、各界の著名人に影響を与えているのが大拙です。彼は1950年代にアメリカのニューヨークに住んでいました。当時ブームになっていた文学を中心としたムーブメント「ビート・ジェネレーション」の作家、ジャック・ケルアックやアレン・ギンズバーグなどは直接交流して薫陶を受けました。アーティストの佐野元春さんも、その「ビート」を経由して禅に影響を受けたひとりです。「アップル」創始者であるスティーブ・ジョブスも影響を受けていたことは有名な話。
かつては世界のほうが大拙を知っていました。逆輸入的に戻ってきたのは「金沢」としてはなんだか誇らしくもあります。
館内で言葉を集める
館内に入ると、エントランスで、鈴木大拙のプロフィールなどが書かれたファイルをもらえます。館内のいくつかの場所には、「名言」とその解説が書かれたリーフレットが置いてあり、それを収集してファイルに収納する仕組みです。これまで50以上の名言がリーフレットになっていますが、それをまとめたり、本にする予定はないとのことなので、ぜひ実際に訪れて収集してみたいもの。
大拙の言葉はもちろん調べたり書籍で知ることもできます。しかし、自ら手にして収集するという体験を通した瞬間に、その言葉が力を持ち、大切な言葉となって胸に秘めておきたくなりそうです。
情報を絶って、考える「思索空間」
館内を順路通りに回ると、最後は「思索空間」にたどり着きます。箱型の空間で四方にトビラがあり、中央にベンチが置いてあります。静かに囲われていることを感じながら、目に入るのは水鏡の庭の水面くらい。館内で見て感じたことを頭の中で反芻するも良し、何も考えずにボーッとするも良し。
いずれにしても、忙しい日常生活をおくっていると、これだけ静かで、目から入る情報も限定的な空間に身を置く機会は少ないことでしょう。何もないといえばそれまでですが、逆に何もない空間なんて今やほとんどありません。そういう意味では、これ自体がとても贅沢な空間です。静かに心を落ち着かせたい、そんな目的で鈴木大拙館にきてもいいかもしれません。
Column
「朝・思索のすゝめ」で頭スッキリ!?
もともと静かなエリアですが、より静寂を感じられるのが朝です。そんな時間を過ごすことができるイベントが「朝・思索のすゝめ」。開館前の「思索空間」「外部回廊」が開放され、自由に過ごすことができるというもの。
開催は、奇数月の最終日曜日7:30から40分程度。
申し込みが必要で、開催月の1日から予約が可能です。もし11月24日(日)に参加したい場合は、11月1日(金)から電話で申し込み可能。ただし人気が高いので、すぐに予約上限に達してしまいますのでご注意を。
ちなみに2024年度は、5月「記憶編」、7月「幸福編」、以降「路上編」「未来編」「訣別編」「目覚編」と続きます。なんだか哲学的で、どんなことが行われているか気になってきませんか?
おすすめの本はこれ
もし鈴木大拙により興味を持ったならば、ミュージアムショップにはたくさんの著作や関連書籍が販売されています。1938年に英文で書かれた『禅と日本文化』は、禅以外にも書道、茶道、剣道など日本文化に興味がある人にもおすすめ。翌1939年に書かれた『無心ということ』も禅ならず東洋思想になぞらえてくれるので初心者に良さそうです。
そう思いながら本棚を眺めていたところ、学芸員さんが本当におすすめしたいのは『大拙の風景』だと教えてくれました。没後30周年に刊行された書籍で、哲学者の上田 閑照(しずてる)と大拙の晩年の秘書であった岡村美穂子によって書かれました。しかしこれはすでに絶版。館内の「学習空間」に行けば閲覧できますので、パラパラとでも読んでみてください。
館内でもらえるオリジナルの「ひとり、考える。」しおりもかわいいですよ。
Column
絵本『りんごかもしれない』
ライブラリーには『りんごかもしれない』(ヨシタケシンスケ)もありました。なぜこんなところに絵本があるのかというと、作家のヨシタケシンスケさんは、大拙の『無心ということ』に書かれている「たとえばここに林檎がある」という一節に影響されてこの絵本を描いたのです。
リンゴにはさまざまな成分が入っていますが、リンゴ自身はそれを意図していないということを書いている一節。それをヨシタケさんがどう解釈して、どう絵本としてアウトプットしたのか。想像して読んでみてもおもしろいです(子どもには余計な知識は入れずに!)。
※取材時(令和6年8月)に開催されていた企画展「無心といふこと」に合わせて所蔵
ここでしか買えないオリジナルグッズ
ミュージアムショップにはハガキやクリアファイルなどのグッズが販売されていますが、おすすめは名言がプリントされたTシャツ。実際に残されている掛け軸などからスキャンされた文字なので、書体もそのままプリントされています。
前述の「それはそれとして…」や「うんとこどっこいしょ」などひらがなでやわらかい。その意味すべてを理解することは難しい禅や大拙の言葉ですが、頭で考えず、カジュアルにノリで着てしまえばそれでいいのです。
徒歩1分! 誕生地記念碑も必見!
「鈴木大拙館にくるだけで鈴木大拙を感じてほしい」。そう語る学芸員は「生誕地の本多町にくるだけでもそれを感じられる」と教えてくれました。そこで最後により現実的なかたちとして訪れたいのが、鈴木大拙館から徒歩1分の場所にある「鈴木大拙生誕地記念碑」です。生誕137年目の誕生日に、この地に胸像ができました。
胸像の下に書かれているのは、大拙が掛け軸にしたためていた言葉です。
O wonderful,
wonderful,
and most wonderful wonderful!
and yet again wonderful
…
これはシェイクスピア「お気に召すまま」の一節。これに大拙は何を感じたのでしょうか?
大拙を巡る旅の締めくくりにきたのに、最後に宿題をもらったような気持ち。
鈴木大拙を巡る旅は、まだまだ頭の中で続きそうです
基本情報
まとめ 禅問答はできないけど…
「答えのない『禅問答』の、あの禅でしょ、意味わかるかな」。そう萎縮しながら訪れた鈴木大拙館。館内には、いわゆる作品解説などがありません。「うわ〜、説明なんてしなくてもわかるでしょ」ということかなと思っていたら、まったく反対で「正解はない。自分で考えてほしい」という意図でした。言葉で端的に解説してしまうことは、禅や大拙の考えに反するようです。
余白があるともいえます。だからどんな目的でここを訪れてもOK。建築を見たくても、SNS用の写真が撮りたくても、推しのオススメでも、静かにひとりになりたくても、もちろん鈴木大拙を勉強したくても。すべてをあたたかく迎え入れてくれます。
ただどんな目的でも、この空間にしっかりと向き合って「思索」してみれば、帰る頃には「鈴木大拙、なんだかクセになるかも」と思っていることでしょう。そうなれば、あなたももう立派な大拙ラバー!